よくわかる現代数学 位相3「位相同型」
突然ですがここで、位相クーイズ(謎テンション)。次のうち、数学的に同じものと見なすことができるペアはどれでしょう。
1.湯呑みとマグカップ
2.湯呑みとドーナツ
3.マグカップとドーナツ
正解は最後まで読むと多分分かります。この時点で正解が理解できる人にとっては時間の無駄ですのでブラウザバックしていただいて大丈夫です。
連続写像
stiltszeta.hatenablog.com
前回、写像が連続であるとはどのような場合を指すか、ということを説明しました。今回はその補足から入ります。
位相空間を 、 とします。 上のある点 について写像 が連続であるとは(以下略)と、近傍を用いて定義しました。更に、 の全ての点で連続である時、写像 を連続写像と言います。
連続関数と言った方が馴染みがあるかもしれません。数Ⅲとかで極限を用いて示したアレです。定義が近傍に変わった形になります。
ですが、位相空間論において、連続であることを確認するのに近傍を用いる場面というのはそれほど多くありません。連続という概念には次に示す性質があり、わざわざ近傍系を用意するまでもなく確認することができるからです。
1.写像 は連続写像である。
2. の任意の開集合 について は の開集合になる。
3. の任意の閉集合 について は の閉集合になる。
4. の任意の部分集合 について が成り立つ。
同値であるというのは互いに必要十分だということです。数Aでやりましたね。証明は省略しますが、このようないくつかの命題の同値を示す場合は、1⇒2、2⇒3、3⇒4、4⇒1を証明するなどします。別にこんな感じで一周する必要はありませんが、どんな命題から始めても矢印に沿ってどんな命題へも行けるという図式を書けないといけません。
枠内の主張ですが、よく目につくのは2と3です。開(閉)集合の逆像が開(閉)、というシンプルな性質です。
逆写像
過去記事で重要なことを書いていなかったので、今から書きます。
一般に、写像 が全射であるとは、 のどんな元 を持ってきても の元 により で対応させられることを指します。また、写像 が単射であるとは、 のどんな元 を持ってきても ならば となることを指します。
身近な例だと、三次関数 は全射であり、単射でないとなります。「全射 単射」で画像検索すれば分かりやすいイメージ図が落ちてると思うのでお絵かきはしません。
また、写像 が全射であり単射である時、これを全単射と言います。 が によって1対1に対応させられる、とてもよい性質を持った写像です。1対1というのが重要です。
1対1ということは、別の写像 を用いて と表すことができるということです。このような写像 を逆写像と言います。逆像と同じ記号を使うことがほとんどなので注意が必要です。
位相同型
これにて準備はおしまい。以下、今回の山場です。お楽しみはここからです。
位相同型
では改めて、位相空間を 、 とします。写像 が全単射つまり逆写像が存在し、かつ連続で、逆写像 もまた連続である時、写像 を同相写像と言います。また、二つの位相空間 の間にこのような同相写像が定義できる時、 と は同相または位相同型であると言います。
もう少し別の言葉で言い換えると、ある図形 がなめらかな変形によって別の図形 になる時、これら二つの図形を同じものと見なすということです。喩えるなら粘土をこねこねする感覚です。ただし、ある部分同士をくっつけたり、逆にちぎったりといった操作は行えないものと思ってください。あくまでこねこねするだけです。くっつける操作をするためには更に別の概念が必要です。
こうした連続な変形を許すことが、トポロジーを柔らかい幾何学だと称する所以でもあります。
具体的に例を挙げればキリがないですが、正方形と円だとか、立方体と球だとか、そんな感じです。童心に返って粘土をこねこねしてください。そういう動画をどこかで見た気がするので、インターネット上で検索してみるのもいいでしょう。
高校数学までに修める初等幾何でも、二つの図形を同じものと見なす、という考え方には馴染みがありますね。形や大きさが等しい合同、形が等しい相似です。それぞれ ∽ と書きました。同相は と書きます。記号は でも構いません。
不変量
ところで、幾何学というのはどのような学問なのでしょうか。ミレニアム問題で有名な数学者、アンリ・ポアンカレは次のように言ったそうです。
「数学とは、異なるものに同じ名前をつける技術である」
また、同年代にしてクラインの壺で有名な数学者、フェリックス・クラインは次のように言ったそうです。
「幾何学的性質とは、図形に作用する変換によって不変に保たれる性質のことである」
本当にそう言ったかどうかはさておき、要するに幾何学とはパッと見異なる図形たちの中に潜む共通の性質とは何ぞや、と問う学問であるということです。合同であれば、長さや面積などが不変であると言えます。相似であれば、角度や比などがそれに該当します。
では、同相の場合は何ぞや、と問うてみます。
冒頭のクイズが分かった方なら一つはすぐにでも出てくるでしょうか。見た目で理解しやすいのは穴の数です。また、トポロジーに限らない不変量としてオイラー標数が挙げられます。
(頂点の数)-(辺の数)+(面の数)=2
となるアレです。確か新課程の高校数学ではオイラーの多面体定理として出てきたかと思います。実はこれ、球面(穴の数が0)に同相な多面体における場合に成り立つ等式です。一般に、
(頂点の数)-(辺の数)+(面の数)=2-2×(穴の数)
となることが知られています。したがって、角ばったドーナツのオイラー標数は0です。適当に穴の開いた多面体を用意して数えてみてもいいかもしれませんね。
このように、ある特定の図形同士の間に存在する変換によって変わらない数学的性質のことを不変量と言います。注意してほしいのは、不変量が一致したからと言って、図形を同じと見なすことができるとは限らないということです。
簡単な例を挙げれば、面積が同じでも形が同じとは限らないということです。ただし、中学生で習った合同条件「三辺相等」「二辺夾角」「二角夾辺」などのように、いくつかの不変量を組み合わせることによって二つの図形を同じと見なせることもあります。
位相幾何学は、このような(トポロジカルな)不変量を扱うことによって図形を見極めようとしています。対象とする図形が変われば、また別の不変量が表れたりします。
ポアンカレ予想
このまま終わってもいいのですが、せっかくポアンカレの名前が出てきたので、元未解決問題、ポアンカレ予想について少しだけお話して終わろうと思います。
ポアンカレの主張した予想は次になります。
「単連結な三次元閉多様体は三次元球面に同相である」
このままでは何のことだかさっぱりなので、一つずつ説明していきます。
多様体というのは、局所的にユークリッド空間と見なせる図形のことです。と言われてもよく分からないのでもう少し噛み砕きます。ユークリッド空間と見なせると言うからには基本的に対称となる図形は適当な位相空間の中に存在しているということを前提としています。
具体的な例として宇宙空間を挙げましょう。その宇宙空間内の多様体である地球(の表面)を考えてください。地球表面をメルカトル図法にて地図に収めようとすれば、その中心はかなり正確な直交座標で表されますが、端っこの方は本来の距離感からかけ離れてしまいます。ただし、このような歪みは、各点毎にその周辺のみを描いた小さな地図をたくさん用意することである程度解消されます。ユークリッド幾何では扱えない球面も、ごく小さな範囲では疑似的にユークリッド幾何っぽく考えることができます。日常的に行っていることですね。まあこれはこれで地図同士が重なった部分はどうするのという話になるんですけど。このように、多様体とは任意の点でその周辺地図を(上手く)描けるような図形のことを指します。
閉、というのは閉集合のことです。境界がくっきりしている程度に思ってください。
次に単連結ですが、物凄く雑な説明をします。まず、ある球面上に点を一つ決めます。紐を持ってその点から出発して適当にぐるっと回ってその点まで戻ってきます。この時、どんな道を辿っても紐の両端を手繰り寄せることで紐を回収できる場合、その球面を単連結と言います。例えばドーナツの穴を一周するように歩いて戻ってくると紐は穴に引っかかって回収できません。つまりドーナツは単連結でないということになります。
これでポアンカレ予想の主張が大体分かりましたね。それから、勘違いのなきよう言っておきますが、普段私たちが目にしているサッカーボール(概ね球体)やテニスボール(概ね球体)は二次元球面です。次元を一つ上げてください。気軽に言ってくれるなという話ですが。ただし三次元多様体は普通の三次元空間内に定義できる図形です。
想像できない次元(文字通り)の話をするのは忍びないので、次元を一つ落とします。「単連結な二次元閉多様体は、通常の球面に同相である」かどうかを見ます。単連結な二次元閉多様体の一番簡単なサンプルは正方形でしょうか。正方形の四辺を伸ばして良い感じに貼り合わせると、二次元球面ができあがります。ただし上記の通り貼り合わせには別の概念が必要です。
では次元を一つ上げてください。(二回目)
概ね理解できたでしょうか。理解できなくてもお話はここまでです。これ以上の説明はしんどいです。それではまた。あ、今更でしょうが冒頭のクイズは3番が正解です。